「安全」というのは、100%を実現することはおよそ不可能でしょう。
しかし、その100%に近づけるための努力をすることは可能で、そういった努力をしないでいると人は後悔することがあると思うのです。

安全を怠った場合、取り返しのつかない事態を招くことがあります。
そして、その事態は実際に起きた後に分析すると、防ぎようがあったのでは?と思うことがありえるのです。
防ぎようがあったと感じるケースにおいては、安全を確保するためにやれることがあったのに、それをやらずにいたから望ましくない状況を招いてしまったということになり、それは後悔の感情となるのです。

私たちは何気ない行動の中に安全を確保できるのに、しないで無視をしていることが多々あるのではないでしょうか?
例えば、階段を下りるときに手すりがありますけど、それに掴まりながら降りるという人は少ないでしょう。
しかし、階段を踏み外したときには手すりに掴まっていたからこそ、階段を落ちないで済んだというケースが生まれます。

つまり、いとも簡単な努力をすることで私たちは安全を実現することができ、それは他にもいろいろな状況で発生していると思います。
そのことに気付くことができるか?そして実際に努力ができるか?という差は結果に大きな違いを生みます。

安全に毎日を送ることができるか?というのは、自分の人生だけではなく、従業員の場合には会社の業績にもかかわることではないか?と思います。
私は100%の安全を確保することは厳しいとしても、限りなく100%に近い安全の実現のために努力をしながら、後悔しない毎日を送ることができるようにしたいと考えています。