秋刀魚のおいしい季節になりました。秋刀魚と言えば秋の味覚の代表選手ですが、また安くておいしい庶民の味方です。

最近は数が少なくなり値段も上がってきていますが、私としてはずっと安くておいしい秋刀魚のある日本の秋が続いてくれることを祈っています。

さて、昔も秋刀魚が庶民の味方だったのは同じようです。
古典落語に「目黒の秋刀魚」という噺があります。

ある秋晴れの日にお殿様が目黒不動にお参りに行って、農民から分けてもらって食べた小魚(げざかな)の秋刀魚が余りにおいしくて忘れられなくなりました。
下魚とは安い魚という意味です。

親戚からのおよばれの際に好みの料理を聞かれた時、このお殿様、すかさず秋刀魚を注文するのです。

お殿様に下魚をどうやってお出ししたものか、周りは頭を抱え、魚河岸から最上級の秋刀魚を取り寄せのですが…

お役人の“忖度”は昔も今も変わらないもの。脂が多くてお体に触ってはいけないと蒸したり、小骨を取ったり、だしがらのような秋刀魚をお出ししたのです。こんな秋刀魚、おいしい訳がありません。あの目黒で農民に分けてもらっのとは別物のようにおいしくない秋刀魚にがっかりします。

そこでお殿様は不思議に思って、この秋刀魚はどこから取り寄せたのかと尋ね、日本橋魚河岸だと聞くと「秋刀魚は目黒に限る」とおっしゃったんだそうです。

このお殿様のがっかりはどこから始まったのか、それは周りの人が“お殿様だから”と趣向を決めつけてしまったことです。お殿様だから下魚の秋刀魚はお口に合わないだろう”“お殿様だから、お体に触らないように脂を取り除きましょう”と…

でも、お殿様が本当に望んでいたのは“下魚を庶民の食べ方で食べる”ことだったのです。脂ののったまま炭で焼いて、表面が少し焦げた秋刀魚こそが本当食べたかった秋刀魚なのです。

さて、私たちもお客様に接するときに同じ過ちをしていないでしょうか?

お客様の、年齢や性別、身なりや社会的立場から勝手に判断して商品やサービスをお勧めすると、本当にお客様の望んでらっしゃる事は何かを見逃して全く違ったものを提供してしまうことがあります。

その場で不満を言ってくださるお客様には修正できますが、がっかりして諦めてしまうと、二度とご用命いただけなくなります。

お客様が本当に望んでいらっしゃる商品やサービスは何なのかを見極める目を養うのは大切なことですね。