大雨が降っても、「自分だけは大丈夫」と思う人はいます。そのような人は後々になって言う言葉は決まっています。それは「あの時は油断していた。」です。これは何かこと起こったときに多くの人が必ずいう言葉です。

しかし、多くの人は起こりうる可能性はあってもそれに目をつぶってみてみないフリを決め込んでしまいます。つまり、多くの人というのは自分に対して降りかかったら嫌だなと思うことを一旦は考えても、それが起こってしまってもそれを処理できない時には、それは起こらないことだという風に自分勝手に解釈する傾向があるのです。

これは終戦間際、旧ソ連の日ソ不可侵条約の破棄のときもそうでした。旧日本軍は事前に旧ソ連が旧満州に参戦してくるであろうということを知っていました。なぜならば、旧ソ連は旧ナチスドイツ方面の戦いは終わり、シベリア鉄道で多くの物資を旧満州国を攻めるために集めていたのです。

このことは、旧日本軍もつかんでいましたが、そでも彼らはすぐには旧ソ連軍は旧満州国には攻めてくるにはまだ時間があると思い込んでいたのです。そればかりか、旧日本軍は戦争を終結するために、連合軍との仲介を旧ソ連に頼もうとさえしていたのです。

これらの旧日本軍の楽観的な見通しのため、あの大陸では日本人がどのようになってしまったのかは歴史を紐解けば分かります。そうです、旧日本軍は武装解除された後、旧ソ連によってシベリア抑留され、そこで強制労働させられたのです。

このように危機管理とは、安全をいくら配慮してもしすぎることないのです。