今日はグレーでもいい。ということをお話ししたいと思います。
最近禅宗の本を読む機会がありました。

その中にひとつ面白いなと思ったことがあって、仏教、特に日本で今やってる大乗仏教というのは、とてもいい加減だっていうことでした。でも、それがすごくいいんです。

皆さんのお家とかおじいちゃん、おばあちゃんのお家にも、だいたい仏壇と神棚が両方ありますかね。神道と、仏教となんとなくどっちも行事がありますよね。

結婚式は神前で、神社で七五三をやって、法事とかお墓はお寺でなど。

日本にもともと古くからあったのは、神道の方です。それで、後から仏教が大陸から渡ってきました。場所が場所なら神道VS仏教の宗教戦争になっちゃうところですが、日本ではそうはならなかったのです。

神道と仏教をなんとか共存できないかと思った昔の日本人がひねりだしたのが「本地垂迹説(ほんちすいじゃくせつ)」という考え方です。

これは、神様と仏様の中間みたいなものを作り出してしまった。という話なんですね。合体!みたいな感じです。

あちこちの神社にその権現(ごんげん)が祭られているんですが、その正体は、仏様の化身が神様の姿になったものなんだそうです。超適当ですね。

しかし、それこそが日本人の知恵なんですよね。白黒はっきりしないで、お互いの中間地点を見つけて第三の新しいものを生み出してしまう。こうやって、争いを避けながら共存してきたのです。

仕事でも、こういうグレーな部分を持つのって大事なんじゃないかと思います。意見がAとBに割れたときに、ディベートして戦って勝ちを目指すと、必ずどっちかは負ける人が出てきますよね。それに、戦うということはお互いの欠点を責め合うような恰好になります。

そうじゃなくて戦わない、良いところを認め合って足りないところを補い合って、中間地点を探ろうとすると、誰も負けないで済みますし、AでもBでもない、全く新しいCというものが生まれる可能性があります。

これは会議とか大きな話に限ったことではなくて、何か問題が起こったときに「これは誰々が悪い」と白黒ハッキリさせるんじゃなくて、「お互い様だよね」とフォローし合う、グレーにしたまま皆で解決への道に向かって助け合うという事もあると思います。

目先の勝ち負けにこだわらず、その先にある大きなものを目指すということですね。

それでは今日も一日、大らかな気持ちで皆で協力しあって頑張りましょう。