大阪の適塾をご存じですか? 江戸末期、蘭学者・緒方洪庵が蘭学を教えていた塾です。今でいえば有名私立大学のようなものです。
江戸時代の日本にとって外国と言えばオランダ。そのオランダ渡来の知識を蘭学と呼び、適塾は蘭学修養の場としては日本一の評判でした。
適塾からは、福沢諭吉、橋本佐内、大村益次郎、大鳥啓介など幕末の動乱期に活躍した早々たる面々が出ています。

適塾は、緒方洪庵の号「適々斎」から適々斎塾を略したもので、「適々斎」とは「己の心に適うところを楽しむ」ことを意味しています。
洪庵のこの考えを体現するかのように、適塾は自由奔放な塾でした。

洪庵は日本で屈指の蘭学者であるにもかかわらず、塾生を叱ることが全くなかったようです。
そして自分が塾生の前に立って講義をするという形の指導もほとんどしていません。悪く言えばほったらかしです。

でも塾生が教えを乞いに来ると懇切丁寧に教えました。そして塾生一人一人をよく把握していて、推薦状を書いたり、就職の世話などもこまめに行っていました。
福沢諭吉が病気で倒れた時には、ほとんど看病といってよいほどの世話をしたといいます。

「福翁自伝」で、その福沢は「塾風は不規則、不整頓、乱暴狼藉。まるで物事に無頓着」と言っています。
しかし塾生はいつでも昼夜の区別なく読書をしていて、眠くなれば机に突っ伏し、枕をして夜具で寝たことが一度もないというほど勉学に励んだ、とも書いています。

上司はうるさい事は一切言わないけれど、部下をよく把握していて、面倒見がよく指導も適切。
そして部下は言われなくても、その指導を仰ぎながら自ら進んでやるべき事をしっかりやっていく。

これってある意味、理想の職場だと思いませんか。