「天災は忘れた頃にやって来る」という、有名な格言があります。あるいは「天災は忘れた頃に来る」とも言うようです。
皆さんもどこかで見たり聞いたりしたことがあるのではないでしょうか。

これは物理学者で随筆家でもあった寺田寅彦の、残した言葉だと言われています。
私は、この格言を災害の事を忘れてしまうという人々の油断をいましめた言葉だと、以前はそんなふうに思っていました。

 しかしこれに関連してネットでこんな話を読んだことがあります。
 
 「天災は忘れた頃にやって来る」というこの言葉は寺田寅彦のどの随筆の中に書かれていたのか?
 
 それを、実際に調べた門下生の中谷宇吉郎(なかやうきちろう)という人が書き残したところによると、結局この格言は寺田寅彦の言葉にはちがいないが、書かれたものには残っていないそうです。

 ただし、この格言に似たような意味の文が1934年に書かれた「天災と国防」という随筆にあるとも書かれています。
 
 この随筆のなかには「文明が発達するにつれ自然災害が起きた時の被害は大きくなる。だからその対策も日々変えていかなければいけないはずだ。なのに、実際にはそれができていない。」と言うことが書かれています。
 
 そして、「そのおもなる原因は、畢竟(ひっきょう)そういう天災がきわめてまれにしか起こらないで、ちょうど人間が前車のてんぷくを忘れたころにそろそろ後車を引き出すようになるからであろう。」とあります。
 
 この部分が「忘れた頃にやって来る」と意味が似ているというのです。たしかにそうと言えばそうだと思います。
 
 さらにこの随筆には災害対策として、陸軍海軍に並んで災害に対応する組織を常備すべきではないかと言ったことも書かれているようです。
 
 つまり、ここで書かれているのは、個々の国民が油断するなといった警告でなく、国家に日ごろから準備する必要を説く言葉でした。
 
 この事から考えると、寺田がどこかで「天災は忘れた頃やって来る」と口で言ったのだとしても、その時の意味も、社会組織の具体的な対応策を提言する言葉の一部だったのかもしれません。

 そう考えていらい、「天災は忘れた頃にやって来る」という言葉は、私にとって、自分の油断を反省するキッカケであるとともに、今の社会がちゃんと災害対策の努力がはらわれているか、それが日々進化しているのか、そんな事を考え直すきっかけになりました。