白洲次郎と言う人を知っていますか? 
戦後、吉田茂政権下の終戦連絡中央事務局でGHQとのさまざまな連絡・交渉を担い、現在の日本国憲法制定時にも活躍した人ですが、
あまり有名ではなく知る人ぞ知る人物です。

彼は17歳で英国に渡って遊学し、伯爵を親友に持つなど英国貴族の生活スタイルを身に付けて帰国しました。
かなり破天荒で気の強い性格だった事もあり、戦時中に「こんなバカな戦争を始めた奴の顔を見てみたい」、憲兵に逮捕されかねない事を公言し、
居合わせた軍人に殴られたという武勇伝が伝わっています。

白洲はある対談で、
「人類始まって以来、弱者は強者に抑えられて来た。これは悔しいけど仕方がない事だ。でも押さえつけられても言いたい事は言わないといけない」
と話しています。
あのマッカーサーに対し、「我々は負けはしたが、奴隷ではない」と言い放ったり、
昭和天皇からマッカーサー宛のプレゼントを持参した時、「その辺に置いておいてくれ」と言われて激怒し、
そのまま持ち帰ろうとしてマッカーサーを慌てさせたなどの逸話が伝わる白洲らしい言葉です。

白洲の真意は、人の能力や力は決して平等に与えられているのではないという事実を踏まえた上で、
強者は強者であるが故の責務と誇りを持たなければならず、弱者は強者を追求する権利を有するという事です。
それは、民主主義と階級制度という相反するシステムが共存する、英国の伝統社会から学んだ事が基となっています。

競争が基本の企業活動において、この考え方は多くの示唆を含んでいます。
力関係が基礎となる社内でも、上司と部下はそれぞれが白洲のこの言葉の意味に注視すべきではないでしょうか。