百聞は一見に如かずの意味は皆さん知っていますね。
実はこの後には、
 百見は一考に如かず。
 百考は一行に如かず。
 百行は一果に如かず。
 百果は一幸に如かず。
 百幸は一皇に如かず。
と長々と続いています。

最初から今風に読み解いてみると、
 聞くだけではなく自分の目で確かめるのが一番。
 何度見たとしても、それについて考えなければと意味がない。
 いくら頭で考えていても実行しなければ役に立たない。
 どれだけ頑張っても結果がでなければダメ。
 その結果は人の幸せに貢献するものでなければならない。
 自分一人の幸福ではなく人様の幸福を目指しなさい。
という教えなのです。
 
最後は少し分かりにくいのですが、この文章の場合の「幸」とは自分一人だけの幸せことを指し、
「皇」とは皇帝ではなく公(おおやけ)を意味しています。

これって私たちの仕事にそのまま当てはめられますよね。
問題が起こったら「確認したのか」「頭使えよ」と叱られ、
「あれこれ頭でこね繰り回していても動かないことには仕事は進まないぞ」と尻を叩かれ、
努力しても売り上げがなければ給料泥棒と揶揄されます。
そして企業の存在意義は社会的ニーズにありますし、社会に貢献することが企業の発展の礎でもあります。

「百聞は一見に如かず」の文章は大昔中国の漢代の文書の中にかかれている一節ですが、
「百見は」云々以降は全て後の時代の創作され付け加えられたものだそうです。

しかしそれでも現代の私たちの仕事にこれほど見事全てが当てはまるのは、
それが人間の行動の真理だからではないでしょうか。
古い諺には真理があります。