皆さんは、「情けは人の為ならず」ということわざを耳にしたことがあると思います。
しかし、その意味を正確に説明できますか?
最近ではこのことわざを間違って理解している人が増えているようです。

「情けは人の為ならず」とは、「人にかけた情けは、巡って結局は自分のためになる」つまり結果的には自分自身の身を助けることになるという意味が込められているのです。

最近、残念なある統計結果を耳にしました。
「自分の力で生活することができない人達に対し、国や自治体は積極的に援助するべきである」という質問に対し、「そう思わない」と答えた人の割合はこの日本ではなんと39%もあることが分かりました。皆さん、これをどうお考えでしょうか?
「その人が貧しいのはその人の努力が足りないからだ」とかいういわゆる「自己責任」の考え方によるものなのでしょうが、これって「人間として」どう考えますか?

そもそも古来から人間というものはお互いに助け合って生きてきた生き物だと私は考えています。
財産のある人が貧しい人達に対して援助をするのが「人間として道徳的」だと言われてきたのがまるで過去の意味合いになってしまったかのように、人間の心が最近冷酷になってしまったような気がします。

インターネットの世界では匿名をいいことに社会的弱者に対して差別的で見下した表現があふれています。現実社会でも若者がホームレスを襲撃し殺害するという冷酷な心を丸出しにした許されない事件も起こっています。
政治の世界でもまるで弱い人達を狙い撃ちするかの如く福祉制度の切り下げが断続的に行われています。
皆さん、こんな社会で本当にいいと考えていますか?

人間生きている限り、一生安泰で暮らせるとは限りません。たとえたくさんの富や権力を持った人間でもある日突然後ろからピストルで撃たれて殺されてしまうかも知れません。明日大地震が起こって住んでいる家や街が破壊されてまともに生活できなくなるかも知れません。何もなくても年を取れば病気にかかりやすくなります。
こういう時のために国や自治体に備わっているのが「福祉」という制度です。この「福祉」というものがあるから私たち人間は長生きできているのだと思います。

「情けは人の為ならず」の考えに素直に従うならば、こういった「福祉」の制度や、それを利用する人達を攻撃したり、差別してはなりません。いつかは「自分もお世話になるかも知れない」と考えれば、この「究極の人助け」と言える「福祉」の制度は大切に守らなければならないものなのです。
そしてこの「福祉」を攻撃し、破壊しようとする流れに対しては命をかけてでも抗うべきだと私は考えるのです。