プリンシプルという英語をご存知でしょうか。原理・原則という意味です。
日本の米軍統治時代、吉田首相の下で活躍した白洲次郎は、日本にはプリンシプルがないと嘆きました。

それは日本の政治家や官僚の言動や、それに対するマスコミの報道姿勢や報道内容の的外れなことへの批判でした。
例えばある省の事務次官が省の根本的な方針を発表した時や、ある駐米大使の失言があった時に、
その方針や失言の内容そのものの是非を問題視する論争しか日本のマスコミは扱わず、
また世間一般も問題にしないことが変だというのです。

省の根本的方針の発表は本来は大臣が為すべことだから、官僚である事務次官がそれを発表する行為じたい原則違反だし、
大使の言動は原則的には外務省の大臣の指示の下にあるはずだから、先ずは外務大臣を追求するべきだと彼は言いました。

この問題は会社や仕事上でもしばしば発生します。
社長があずかり知らないところで部長が重要プロジェクトの方針を発表してしまう。
部長の決済なく課長が契約を結んでしまう。
あの係長が発言するとミーティングの議題から話が逸れる。
ある先輩に言われた仕事をしていたら、それはお前のやる仕事じゃないと指導係の先輩に言われた。
などなど、立場や物事の原則から外れた言動は、必ず混乱を引き起こします。

白洲次郎はプリンシプルを「筋を通す」と訳しましたが、この日本語が理解し易いのではないでしょうか。
もちろんその時の周囲の状況や条件によっては、止む負えず原則から逸脱せざるを得ず、妥協が必要な場面もあるでしょう。
しかし白洲はこうも言っています。プリンシプルのない妥協は単なる一時しのぎであると。
妥協は後に修正修復が可能になった時点で、原則に戻らねばなりません。
プリンシプルを忘れた妥協では、それが不可能になりがちだということです。
そして物事は間違った方向へ進んでしまうのです。