「イギリス人が好む上手なスピーチ」という話を、先日、ある本で読みました。
これを書いた人は、戦前にイギリスに留学し、イギリスの貴族にも知己を得るほど英語力と英国風を身に着けた人で、
戦後、吉田茂の懐刀として、マッカーサー率いるGHQの高官たちと丁々発止やり合ったという硬骨漢です。

イギリス人が素直にそして熱心に耳を傾けるスピーチとは、
一語一語の意味を吟味し丁寧に選んだ言葉で紡がれるものだ、と彼は書いています。

ヒットラーは確かに名演説家でした。その迫力や熱量は人を圧倒し心酔させました。
しかし興奮して演壇を叩きかねないようなそんな演説をイギリス人が聞くと、
頭が変じゃないかとか、恥ずかしくないか、などと彼らは先ず思ってしまうそうです。
だからあまりスピーチの上手すぎる政治家に対しては、逆に警戒してしまうといいます。
その点、アメリカ人は澱みなくスマートで、なおかつ雄弁なスピーチを好むとしています。

確かにスピーチは、人の心を掴むという点で雄弁なのに越したことはないですが、その雄弁さにも色々あるということです。
雄弁の意味を調べてみると、「説得力をもって力強く話すこと」とあります。
スピーチである以上、人を説得することは必須です。

問題は「力強く」ですが、なにも相手にぐいぐいと迫る力押しだけが力強いわけではないはずです。
静かに落ち着いていても、人の心にじわりと染み入ることも強さの一つだと思うのです。
流れる様な話口ではなく、朴訥とした誠意ある語り口にも強さはあります。

つまり上手なスピーチにも色々あるというわけで、
スピーチが苦手という人も、自分に合った自分なりのスピーチがある筈です。
頑張りましょう。