最近どういうわけか巷では学校教育では役に立つことばかり教え込もうとしているよう思います。もちらん、学校で教えられたことが本当に役に立つのならば、そんないいことはありません。しかし、学校で教えている「実用的なもの」というのははっきりって役に立ちません。いや、むしろ害があるといっても差しつかええないのです。

その代表が英会話、所謂オーラルコミュニケーションです。英語は日本語とは文法体系も単語もその成り立ちからして非常に遠いい存在なので、日本語しか知らない人はただの暗記で理解するにはかなりの時間がかかるはずです。

ですから、それを効率よく習得するためには初級英文法を学ぶ必要があるのですが、小学校、中学校はでは単に英語の授業はあってもそれは英文法をしっかりと学習するようにはなっていまません。

これに加えて、最近はコンピュータプログラムを学校で教えるというのです。これを聞いて驚かない人がどれほどいましょうか。
なぜならば、小学校にはコンピュータープログラムをまともに教えることができる人などいないのです。もちろん、コンピュータプログラムが分かる人、もしくはソースコードも自分で作ることはできる人は教員の中にいるかもしれません。

しかし、その数はごく少数であって、全国の学校に配置できる人数などいるわけがないのです。
自分ができもしないことを他人に押しることはこの国のエライ人は好きなのでしょうか。

そもそも、学校とは何でしょうか。
私の思うが学校とはそこで習う素材は何であれ、自力で未知の問題の正解にたどり着く道筋を描ける人間を養成するところだと私は考えています。つまり、学校での学習するものは英語でも数学でも何でもいいはずなのです。現にもはや誰も使っていない古典を学校では習いますよね。