先日の休日、お隣からお母さんと男の子の言い争う声が聞こえてきました。
男の子は何かを外せと要求し、お母さんは危ないから駄目だと反対している様子です。
そっと窓から覗いてみると、お母さんと男の子の間には、補助輪付きの子供用自転車がありました。

お隣の男の子は小学校一年生。その子が自転車の補助輪を外せと言っています。
お母さんは、補助輪無しの自転車に男の子が乗った事がないのを理由に、それを許さないつもりの様です。
男の子は練習すれば乗れるようになる、と頑張りますが、お母さんはとにかく危ないからの一点張り。

皆さんはこの親子の言い争いをどんな風に思いますか? 私は子供が可哀そうだと思いました。
男の子は友達の誰々君がもう補助輪なしで乗っていると言っていました。
もしかしたら補助輪付きをからかわれ、恥ずかしくて悔しくてそれを外す事を訴えたのかもしれません。
もしそうなら補助輪を外さねばもう彼は自転車で友達と遊べないでしょう。
子供は子供の世界があるのです。大人にとっては大した事ではない事も、子供にとっては大ごとなのです。

だから私は可哀そうだと思ったのですが、もう一つ理由があります。
動機はともあれ男の子は挑戦しようとしているのです。補助輪無しで乗れるよう頑張ろうとしています。
これは子供にとってとても大切な心です。それは今だけの事ではありません。
これから彼が成長していく将来にかけて、挑戦する心は大きな財産になる筈です。
大袈裟かもしれませんが、お母さんは子供のそんな大切な芽を摘み取ろうとしている風に見えたのです。

もちろん子供の安全を第一に考えたいお母さんの気持ちは理解できます。
しかし今現在の安全を重視するあまり、将来の大切な財産をつぶしてしまうのはどうかとも思うのです。

と考えながら、ふと私は自分を振り返りました。
仕事で私自身は挑戦しているのか? 安全第一の事なかれ主義に流れていないか? 
「頑張れよ」私は男の子と共に自分にもそう呼び掛けていました。