かつてテレビドラマ化された作品を新たにやり直すことをリバイバルというそうです。音楽などは、オリジナルの作品とはまた違ったよさのあるリバイバルもあります。このようにオリジナルがあって、それをまねることによってオリジナルとは違った魅力をかもし出すことができれば、それは成功といえるのかもしれません。

4月になると、たけのこが日本国内の山々で収穫されます。「たけのこは京都のものしか食べない。」という人もいますが、日本人の多くはスーパーマーケットで売られている中国産のゆでて真空パックされたたけのこではなく、この時期にはとれたてのたけのこを求めます。

たけのこはそれ自体は特においしいというわけではありません。しかし、多くの日本人は春の食べ物としてたけのこを食べます。もちろん、たけのこが大好きで毎週たけのこを食べても飽きないという人もいるかもしれません。しかし、そのような人は例外で、多くの人は春のある一時期だけたけのこを食べるのです。

しかし、たけのこといっても、その味付けは基本レシピはあるのですが、各家庭によってその味付けは微妙に違うのかもしれません。

そして誰もが自分の食べならた味付けが自分の舌にあうと思っています。ただし、最近ではこのような「家庭のご飯のおかず」さえデパートの食品売り場やスーパーマーケットでは購入できてしまうので、家庭での味付けというわけではなく、「何々スーパーの味付けが好き」だとか「何々百貨店の味付けが好き」だとか各家庭ではそれを買ってきて食べるたけになってしまっているのかもしれません。

つまり、自分がおいしいと思った味付けを各家庭に持ち帰って再現するということをしなくなってしまったようだということに最近私は気がつきました。